2011年7月20日水曜日

馴れ合いがもたらした原発事故

大地震は人間にはどうしようもない天災ですが、今回の原発事故は軽々に想定外の地震
だとして責任逃れをしてほしくないですね。

なぜなら事故後の関係者の右往左往ぶりとレベル7という深刻な放射能被害は、宇宙のちいさな星、地球に乗っかって不安定、不条理のなかで生きている生物だという認識がなかったからです。人がコントロールできないような巨大な怪物を「安全」と言って飼いながら、いま手がつけられない危険な状態をなんと説明できるのでしょうか。

 原発は賛成と反対の歴史を経て、政官財の原発賛成組は安価安全だと推し進めたが、それは大嘘だったわけです。嘘でないとするなら人間の無知と驕りと欲望の結果でしようか。

 巨額の金が動くところに欲の皮がつっぱった政官財の人たちが集まります。徒党を組むように思惑を持つ人々が群れをつくればしがらみができて馴れ合います。

 しがらみは本来は川の流れを落ち着かせる柵の意味ですが、近年は正反対のマイナスの意味で使われることが多くなり、河口堰のように特定の人の利益を得るだけで、長良川全体はしじみや魚を減らして犠牲になるようなものです。

 政界でも一番に自分のために票と金につながる後援者への便宜を優先し、二番目に所属する政党の党利党略を優先し、三番目には属する派閥に阿る。四番目は情報源の官僚に媚び、五番目は献金先の大企業を優先して、国民はようやく六番に登上で、長年のこうしたしがらみ政治が今日「地震前」の疲弊した日本をもたらしたのだろう。 

 このような政官財の馴れ合いは建設資金を抑えて、その分を献金や箱ものづくりにまわして政官財の蜜月を図る。だから「もし事故が起きたら」なのどの発想はないし、その上危険な場所は下請け任せだから初動体制そのものの想定もなかったのだろう。まさに曖昧さを馴れ合ったのです。
  また当事者たちは「馴れ合いやしがらみの危険」を重く受け止めていないことも問題で、ほんの僅かな被害予想数値の甘さが、天災より恐ろしい生物が棲めない国家的被害を招く怖さを、大きな代償を目の当たりにした国の中枢を担う人たちは自覚すべきでしょう。

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